やすおフォトアルバム:横山大観と足立美術館&神田五軒町?

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横山大観と足立美術館&神田五軒町?

島根県安来市にある足立美術館に横山大観展と庭園を観賞しに参りました。
足立美術館は米国の日本庭園専門誌で8年連続「庭園日本一」とミシュランの日本庭園部門の★★★に選ばれ、庭園を見る観光客でいっぱいでした。11月初旬でしたが、紅葉には至っていませんでした。

大観の作品は、新東京美術館と大観記念館などで鑑賞していましたが、初めての作品も多くあり満足でした。
その中に大観の年譜があり、他では記述されていない幼小時代の事が書いてあり、自分の目を疑う記述がありました。
それは、8歳の頃は茨城県水戸市五軒町に現在もある五軒小学校に通い、10歳では私の住む神田五軒町1番地に住んでいたとの記述があり、間違いが有ってはいけないと思いカメラで写しました。
(慌てていたので、構図など考えずに2枚写しました)

水戸の五軒町は以前「桜田門外の変」のロケセットを訪れた際に私の町名と同じなので、伺った土地でしたが、大観が通っていたとは知りませんでした。
大観の年譜に両五軒町が並列表記されていた事は驚きですし、何よりも神田五軒町に大観が住んでいたという事実を町会の誰もが知らない事でした。

東京に戻り、五軒町1番地を調べたところ、明治10年と大正、昭和の1番地が違う事も分かりました。
そして、明治10年当時の1番地は妻恋坂交差点の付近ではないかと考えられます。
この地図には、大観の伯父にあたる渋江信夫の名が記されています。大観一家はそこに身を寄せ、大観は湯島小学校通っていました。
当時は、練成小も芳林小もありませんでした。もし練成が開校していれば、自宅近くの練成に通っていたのでは!?(練成は開校当初は小学校で、後に中学校になりました)

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